トランスジェンダー公聴会で証言した人が雇用差別訴訟で勝訴

 以前『米議会でトランスジェンダーの人に対する雇用差別についての史上初の公聴会』で紹介した議会公聴会で、実際に差別を受けた当事者として証言をした Diane Schroer さんという人がいた。
 Schroer さんは男性として軍に勤務し退役したのち、経験を買われて議会図書館でテロリズム分野の専門家としての再就職を決定したのだが、採用決定通知を受けたあとに人事担当者に自分がトランスジェンダーであることを明かし、女性として勤務することを伝えたところ、「信頼が失われた」として採用を取り消された。その件で彼女は議会図書館を相手取って裁判を続けていたのだけれど、このたび判決があり、彼女が勝訴したらしい。
 判決文を読んでみると、Schroer さんが18人もいた応募者の中で最も適格で文句なく採用が決まったことや、既に勤務することを前提として将来同僚となる人を紹介するなどしていたようで、彼女が資質的に問題なかったことは間違いない。いつから勤務するかという話を詰めている段階だった。また、彼女はかなり丁寧に準備をしたうえでカミングアウトをしており、医学的なプロトコルや他のトランスジェンダーの人たちが職場でどのようにしてうまくやっているかをきちんと説明している。
 Schroer がカミングアウトするために設定したミーティングに出かける前に、人事担当者は彼女の結論として採用者として Schroer を選んだことを示すメールを12行書きかけていたが、ミーティングの後そのメールの続きが書かれることはなかった。その理由として、人事担当者は次の5つを挙げている。 1) 男性から女性にトランジションすることで、軍内部でかつての schroer を知る人たちとの関係が途切れるのではないか、2) トランスジェンダーの人物では、議会に提出する報告書の信憑性が疑われるのではないか、3) はじめからトランスジェンダーであることを明かさなかった事により、Schroer に対する信頼感を失った、4) 女性としての生活に慣れることに気を取られて、仕事がはかどらないのではないか、5) Schroer が機密情報にアクセスする資格を失うのではないか。
 1については、もし彼女がトランスジェンダーだからと話すことを拒否する軍人がいるのであれば、そっちの方が職務違反だし、彼女が履歴書にリファレンスとして含めた人たち(軍の上司や同僚)はみな彼女がトランスジェンダーであることを知っていたが関係を打ち切っていなかった。
 2は、彼女が議会調査局の報告書を書くことになった場合、短いプロフィールが報告書に付記されることになるが、特殊部隊出身という女性としては「あり得ない」経歴から、すぐにトランスジェンダーと知られてしまうのではないかということらしい。それは確かに普通に考えればすぐに分かるだろうけど、報告書の信憑性とは関係がない。それを言うなら、議会内にはただ単に「女性が書いたもの」というだけで信用性が低いとみなす議員だっているだろうし、名前がラティーノ系だったり黒人に多い名前だったりするとそう思う議員もいそうだけど、差別の存在を理由に差別して良いなんて理屈はどこにもない。
 3だけど、初めから打ち明けていたら絶対にあんた最初の段階で落としてたくせにそれを言うなよと。しかも、ミーティングで「どうしてなぜもっと早く打ち明けてくれなかったのか」みたいなことは一切言っていない様子。
 4、あのー、トランスフォビアに気を取られて仕事をしてないのは一体どこのどなたですか? かつては女性一般について言われていた偏見が、トランスジェンダーの人たちに対して言われるようになっている。
 最後の5。ミーティングで Schroer が、実際に知り合いに機密情報にアクセスする立場にいるトランスジェンダーがいるから心配いらない、と言ったのだけれど、担当者は彼女にそれ以上の情報をまったく求めないまま、Schroer のアクセス資格は失われると勝手に決めつけていた。
 人事担当者はその後、組織内のさまざまな人に意見を聞くのだが、どいつもこいつも応募書類すら読まずに上記のようなくだらない理由をつけて採用中止を主張するばかり。結局、別の男性を採用することが決定される。
 トランスジェンダーの人たちを雇用差別から守るための法案のために彼女が公聴会で証言したくらいだから、トランスジェンダーであることを理由に差別することは(一部の州を除いては−−カリフォルニアという大きな州がその一部に含まれるので、かなり効果は大きいが)違法ではない。でも近年トランスジェンダーや同性愛者の人たちが雇用差別訴訟で勝訴する例もいくつかでてきていて、それらは性差別を禁止する法律の適用を受けてのものだ。
 性差別を禁止する法律は、もともとは単純に女性あるいは男性であるという理由で雇用しない、給料や出世コースに差を付ける、などの行為を禁じるものだったが、次第に性役割規範からの逸脱を理由にした差別にも適用されるような判例が生まれ、定着した。女性全員を差別するというのでなくとも、「女らしくない」という理由で女性を差別することが認められているようでは、女性差別を禁止したことにはならない、という考え方だ(「男らしくない」〜でも同じ)。
 すなわち、男性から女性に移行したトランスジェンダーの人がそれを理由に差別されたとして、それを「トランスジェンダーだから差別された」と表現してしまうと訴えが成り立たないけれど、「女っぽい名前や格好をした『男性として』差別された」とさえ言えば−−それは本人にとって屈辱的なことだけれど、とりあえず法的な論理としては−−違法行為の訴えとして裁判所に取り上げてもらうことができる。同性愛者が差別された場合も、自分が差別されたのは自宅のベッドの上でやっている行為が原因で差別されたのではなく、外見や仕草が「男らしくない男」「女らしくない女」であるから差別されたのだ、という形であれば、性差別として訴えることができる。
 このあたりの理論と実践をきっちりやった法律学者に Julie Greenberg という人がいて、「『インターセックスと法』会議」や学会なんかで話をしたことが何度かあるのだけれど、彼女はインターセックスに対する差別(どういうものかよく分からないが)までこれに含めて「性差別として」扱えないか、みたいな話をしていたので、それはいくらなんでも「障害者差別として」やった方がはるかに簡単なんじゃないかと答えておいた。って偉い学者にそんな自明なこと言っていいのか自分。
 話を戻すと、判決はまず被告が挙げた5つの理由が全て差別を覆い隠すための虚偽の口実(機密アクセス資格が心配と言いながら、実際に資格を失うのかどうか調べていないし、現に資格を得ているトランスジェンダーの人がいることを知らされても何の反応も見せていない)、他者の差別を口実として自らの差別を正当化する試み(軍内部の知り合いとの関係、報告書の信憑性)、そして単なる偏見そのもの、のどれかでしかない、と断じる。そのうえで、この件は「性差別」として扱われるべきであるとして、その明白な証拠として、Schroer が自分はこのような格好で勤務するという説明として(女性の一般的な服装をした)写真を見せたところ、人事担当者は「女装した男性」と直感した、と自ら認めていること、またその写真について組織内で言いふらしてまわっていたことなどが指摘された。
 すなわち、人事担当者は Schroer を「十分に男らしくない男性」と認識したうえで嫌悪していると解釈され、それは法で禁じられている性差別に相当する。そういう理由で今回は原告が勝訴できたけれども、今度は「ほらみろ、トランスジェンダーに対する差別を禁止する法律なんていらないじゃないか」とか言われそうでイヤだな。性差別に関する法律をこういう件に適用させるのは結構難しいし(今回は判事がうまくスルーしてくれたけれど、下手をすると Schroer が「十分に女らしくない女性」「十分に男らしくない男性」「トランスジェンダー」のどれとして差別されたのか明快に判断しなくちゃいけない)、来年以降−−というか今年の選挙じゃ上院の議席がまだ足りなさそうなので2010年以降か−−是非トランスジェンダーを含んだ雇用差別禁止法を成立させて欲しい。