DV加害者だって、たまに優しさを見せることで暴力的な関係を継続させられるわけで。
ブログ「壊れる前に...」のエントリ「アメリカの優しい意志」で、米国で同性パートナーと20年以上いっしょに暮らしている不法滞在者に対する、温情的な対応が紹介されている。
サンフランシスコ近郊の街 Pacifica に暮らすフィリピン人の Shirley Tan さんは不法滞在外国人だ。彼女のビザはとっくの昔に切れてしまっている。彼女は同性愛者で、アメリカ人のパートナーと23年間いっしょに暮らしてきた。12年前には双子を出産した。4人家族だ。
今年の1月、移民局の係官が彼女を連行し、強制国外退去の手続きを取った。地元の連邦下院議員(Jackie Speier、民主)が介入し、退去を5月まで遅らせてくれた。しかし4月ももう下旬だ。強制送還の日は近づく。
今度は、Dianne Feinstein 上院議員(民主)が援助の手を差し伸べた。ファインスタイン議員は、シャーリーさんが新たなビザか永住手続きを申請するまで2年の猶予を与えるという法案を連邦議会に提出したのだ。これによって、法案が否決されるか、議会の任期が2年後に切れて廃案となるかするまで、シャーリーさんの強制送還はなくなった。
(略)
しかし、法律を変えてでも彼女たち家族を守ろうとする意志が、アメリカにはあった。それをすばらしいことだと私は思う。
http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-281f.html
米国では、議会が「個人法案」と呼ばれるものを採択することがある。たとえば、脳の損傷により15年以上意識が戻らない(そして今後も戻る見込みはまったくない)患者の「尊厳死」をめぐる論争(テリー・シャイボ事件)で、当時の共和党指導部は彼女を名指しして「可能な限り生かし続けなければいけない」というような法案を提出した。
個人法案の一種として、特定の外国人に対して手続きや段階を飛び越して一気に市民権を与える、という法案が提出されることもあり、裁判所によって国外退居を迫られた不法滞在者にとっては、議会が最後の希望となる。ただし、過去に個人法案によってアメリカ市民権を得た人は10名いたかいなかったかという程の「狭き門」で、よほど強力なコネがあるか、広く人々の支持を集めるような例でなければ、まず無理だ。そもそも法案提出すらしてもらえない。
Shirley Tan さんの例は、一気に市民権を得るという法案ではないけれど、2年間の猶予を与えるという内容であり、可決の可能性はほとんどない。というより、個人法案の大半は採決にまでたどり着かない。しかし、立法府において法案として提出された以上、否決されるか廃案になるまでは行政(移民局)は Tan さんに手が出せなくなる−−本当のところはやろうと思えば手を出せるのだけれど、そうすると三権分立をめぐる裁判になってしまうので、現実的には手を出しづらくなる。
つまりファインスタイン議員は、「法律を変えてでも」Tan さんたちを守ろうとしたのではなく、法律が可決されないことを承知の上で、裏技を使ったことになる。シャイボ事件においても、共和党議員たちは法案成立によってシャイボさんの死を止めようとしたのではなく、法案を提出することによって行政や司法を縛るのが狙いだった。
とはいえ、先に書いたように議員を動かし法案提出してもらうというのは大変なことで、普通はそんなことはできない。おそらく、Tan さんかそのパートナー、あるいは彼女たちの支援者の中に、かなりのコネがある人がいたのだろうと思う。また、ファインスタイン議員にとっては、同性婚を認めないことがどれだけ悲劇をもたらしているかを示すための例として、この件に積極的に介入したという意志もあるかもしれない。
でもやっぱりこれは例外中の例外で、シンドラーがユダヤ人を救った映画を見て安堵してしまってはいけないように、この例をもって「アメリカの優しい意志」と言ってしまうと、その裏で移民局によって離散させられる家族がどれだけあり、その大多数が議員たちにまったくかえり見られていない現状を見失うんじゃないかな、と思う。とくに、同性婚を認めることで家族を守れ、なんて主張では、不法移民の大多数を占めるメキシコ系移民労働者−−低賃金で重労働させられており、もちろん議会へのコネなんてない−−が置かれている状況をほとんど改善しないしね。