女性差別の構造が生み出した「男性差別」の個別例

 方々で話題となっている毎日新聞の記事「<就職性差別>大阪の男性が提訴 派遣会社に賠償求める」(05/14/2006) を読む。大阪府の専門学校生が派遣会社の求人に応じて応募したところ、男性であることを理由に採用を断られたという内容。以下は記事から引用。

 人材派遣会社の事務職の求人に応募したら、男性であることを理由に採用を断られたとして、大阪府内の専門学校生(29)が大手派遣会社5社を相手取り、大阪簡裁などに1社当たり15万〜5万円の賠償を求めて提訴していたことが分かった。大半の社が請求を認めたり、和解に応じた。性別を理由にした就職差別を巡る男性の訴訟は極めて異例。国会でも男性への差別禁止を明記した男女雇用機会均等法の改正案が審議されており、訴訟は潜在する「男性差別」への警鐘になりそうだ。
 (略)
 厚生労働省は、性別を理由にした就職差別を禁止する指針を出しているが、同法は女性差別をなくす趣旨で制定され、「男性差別」を直接規制していない。このため、事務職、看護師などの職種で、男性であることを理由に採用しない事業者は多いという。
 同法は現行では採用や募集で「女性に対する差別」を禁じているが、改正案では「性別を理由とする差別の禁止」という表現に替え、男性差別も明確に禁止。悪質な場合には20万円以下の科料を課す罰則も設けた。

 こういう記事を見ると、「女性差別ばかり対策が進んでいて結果的に女性の方が優遇されている、男性差別もちゃんと対処しろ」みたいなことを言い出す人がいそう。もちろん、男性差別にきちんと対処するべきだというのはその通りであり、記事中で触れられているような法改正は必要だと思うけれど、そんなに単純な話ではない。
 この記事を読んで最初にわたしが連想したのは、米国南西部に多い「非正規(不法)移民」を優先的に雇う工場や農場のことだ。これらを運営する企業は、正規の労働ビザを持たない移民を雇うことが違法であることを知りつつも、そういう労働者ばかりを雇おうとする。それでは、非正規の移民たちは米国市民や正規移民に比べて優遇されているのか? もちろんそんな事はない。これらの企業が非正規の移民を進んで雇おうとするのは、かれらが法定最低賃金にはるかに届かないような金額で長時間労働させることができ、不当な扱いを受けても当局に訴え出ることができず、怪我したり健康を崩したらすぐに使い捨てができる労働力だからだ。
 ひるがえって、現代の日本において派遣先の企業が女性労働者ばかりを要求するのはなぜだろうか。それは、女性が社会的に強者であり優遇されているからではない。むしろ、賃金や安定性や安全といった面においてより不利な労働条件で酷使することが可能だと派遣先の企業が考えているからこそ、かれらは女性労働者を派遣するよう要求している。つまり、女性を男性より不利な条件で雇うことが慣習化されており、実際にそのように扱うことが可能だからこそ、企業は男性でなく女性を雇いたいと希望しているわけ。
 この件において「職を得られない」という被害を受けたのは男性だけれど、だからといってそこに「女性差別」とは別個の「男性差別」があると見るのは短絡的すぎる。構造的には、男性が典型的に「女性向け」とされる職に就くことができない事も含めて女性差別の作用と見るべき。そう考えた場合、「男女雇用機会均等法を改正して、男性に対する差別も禁止すること」というのは必要なことだけれど、それだけでは十分な対策とは言えない。典型的に「女性向け」とされた、賃金や安定性の面でより劣悪な条件において働く「権利」を男性が獲得したところで、女性労働者の多くがそういった条件でしか仕事を見つけることができない現実は変わらない。それどころか、女性労働者の労働条件を向上するのではなく、底辺の男性労働者の労働条件を女性並みに落とすことにすらなりかねない。
 非正規移民ばかり雇う企業をどうするかについていろいろと議論があるけれども、全員を国外に追放するなり市民権を与えて米国市民にするなりといった大規模な改革が政治的に不可能だとするならば、現実的にできることは1つしかない。行政の中の労働条件を監視する部門と移民法違反を摘発する部門を完全に分離して前者を増員することで、移民労働者も米国市民と同等の労働条件で働けるようにすることだ。もし移民だからといって余分に搾取することができなければ、ことさら非正規移民ばかりを雇用するようなインセンティヴは消滅する。
 同様に、男性より女性の方がより余分に搾取しやすいような社会的環境や慣習が残る限り、法律が何と言おうと労働市場の底辺では男性求職者を拒絶するインセンティヴは温存される。それじゃ「女性のみ」と口にしなくなるだけで、現実問題として差別が起きることは何も変わらない。具体的な取り組みの方向としては、女性が多く働いている分野を中心に派遣労働者の権利や社会保障を確立することが、それらの分野において男性が雇用差別を受けなくなるための近道となるのではないかと思う。