シャーリー・チゾム議員の1972年大統領選挙

 米国大統領選挙ではオバマ議員とクリントン議員の民主党指名獲得競争が続き、巷では初の黒人大統領もしくは女性大統領の誕生が期待されていているけれども、かれらよりはるか以前に黒人女性としてはじめて米国下院議員に当選し、1972年の大統領選挙では民主党指名を争ったシャーリー・チゾムについてのドキュメンタリ「Chisholm '72: Unbought & Unbossed」を観る機会があった。
 これまでわたしはチゾムの写真しか見たことがなかったのだけれど、実際に演説したりメディアのインタビューに答えている映像を観ると、自分が生まれるより前の時代にこんなに知性があり雄弁な黒人女性政治家がいたんだと驚かされた。今の選挙でもクリントン議員の服装がどうだとか女の涙がどうだというような性差別的なメディアの扱いが見られるのだけれど、当時はそれどころじゃなくてもっとチゾムを軽んじるような報道がされていたというのは、ドキュメンタリとしての演出だけではないだろう。テレビ局が他の候補だけ呼んで番組をやろうとしたところ、裁判所に訴えでて無理矢理出演し、いかにも嫌々質問している感じの司会者を無視して視聴者に直接語りかけているところなど、今の視点からはかなり笑えた。
 チゾムの立候補に対する他の黒人政治家たちの反応は微妙だった。議会には黒人議員連盟というものがあるのだけれど、もちろんそのメンバーはチゾムをのぞいてみな男性。そしてかれらは、民主党内での影響力を保持するために、とても当選の見込みのないチゾムではなく、有力候補とされた白人男性を応援していたのだ。というか、そういう口実も事実なのだろうが、男性議員をさしおいて女性のチゾムが勝手に大統領に立候補したことへの反発もあったに違いない。そういう中で唯一チゾムを全面的にバックアップしてくれたある黒人男性政治家は、なんと民主党大会の当日になって他陣営に寝返ってしまう。それだけ党内有力者からの圧力が激しかったということだろう。
 わたしが一番気に入ったシーンは、チゾムが予備選挙のためにカリフォルニアを訪れた時のことだ。カリフォルニアでは、ブラックパンサーズがチゾムを支持して選挙運動を手伝っていたのだけれど、当時すでにブラックパンサーズと言えば白人たちの間では「おそろしい反社会武装集団」的な扱いを受けており、評判は良くなかった。そのパンサーズと関連付けられることは、あなたの選挙運動にとって不利ではありませんか、と聞かれたチゾムは、こう答えた。「ブラックパンサーズのような集団が生まれた背景に、どれだけ長い暴力と差別の歴史があるか考えてください。そのうえで、もしかれらが民主主義による社会変革をもう一度信じてみようと思ったのなら、喜んで歓迎すべきでしょう。」
 ドキュメンタリの前半では選挙に出るまでのチゾムの半生も紹介していて、そこで気になったのは彼女が幼い頃の一時期、親に連れられてバルバドスに移住していたことだ。そういえばバラック・オバマも子どもの頃インドネシアに住んでいた。かれらに共通して見られるみなぎるほどの自信とカリスマと楽観性は、窮屈な人種関係に囚われた米国社会で育った黒人の子どもにはなかなか得られないものなのかもしれない。オバマ大統領の誕生が、それを少しでも変えることができるのだろうか。