BitTorrent を崩壊に追い込む(わけがないか)「利己的な」クライアント

 ワシントン大学コンピュータサイエンス学部が公開した BitTorrent クライアント、BitTyrant がなんだか面白そう。オープンソースAzureus を独自に拡張したものなんだけれど、「selfish BitTorrent client that improves performance」というスローガンの通り、これまでの BitTorrent クライアントより selfish に動くというところがポイント。
 簡単にまとめると、BitTyrant は BitTorrent スワームに点在するピアのうち、より多くのデータを送れば向こうからもより多くのデータを送り返してくれる相手を選別し、それに優先的にデータを送ることで、ユーザにとってのダウンロード速度を最大化している。自分から送るデータの速度に関係なく一定のデータを送ってくれるピアには、余った帯域しか与えない。
 これは要するに、大多数のプレイヤーが協調路線を取ることで共存共栄している BitTorrent スワームという複数回囚人のジレンマゲームに、より洗練された改良 tit for tat (TFT) 戦略を使うプレイヤーを参戦させることになる。改良TFT戦略というのは、tit for tat(協力には協力、裏切りには裏切りで返す戦略)を基本路線としつつも、こちらが協力するかどうかに関わらず協力してくる相手にはフリーライドするというもの。
 現時点ではフリーライドを許すクライアントが多数であるため、BitTyrant が取る改良TFT戦略はかなり有効。また、現バージョンの BitTyrant では selfish さが徹底しておらず、完全にフリーライドできる相手にさえアップロード帯域に余りがあれば割り当てているけれど、今後 BitTyrant のコードを元にさらに selfish なクライアントも出てくるはず。仮に BitTyrant の使用者がかなり増えれば、今度はその裏をかくような新しい戦略が考案されないとも限らないしね。
 そうして、かつては協調路線が基本だった BitTorrent の世界において selfish なクライアントが一定以上に増えることは、いずれ全体の効率を落とすことになるはず。ワシントン大学の研究者の発表でも、もしみんなが BitTyrant を使えば全体の効率が下がって全員損をすると書かれていた。
 それが分かっていても、ある一ユーザの視点から見れば、既にさまざまな戦略をはりめぐらすタイプのクライアントが野に打ち放たれた以上、そうした selfish なクライアントを使用することは、常に自分個人の利益(速いダウンロード)にはなる。というより、そんな時に以前のクライアントを使おうものなら、データを送ってすらもらえない。そうなってしまったら、もう元の協調的な BitTorrent 世界には戻れない。
 それを防ぎつつ、クライアントにある程度の自由を許すには BitTorrent の機構をどう変えればいいのかな、と考えるのもいいけれど、逆にこれが原因となって BitTorrent 世界そのものが使用に耐えない状態になって崩壊したらそれはそれで面白いかもしれない。ま、そこまではいかないだろうけど。