セクシュアルハラスメントの動機は性的興味ではない、という話

 The Freakonomics blog 及び Psychology and Crime News 経由で Journal of Applied Psychology に掲載されたトロント大学の Jennifer L. Berdahl による論文「The Sexual Harassment of Uppity Women」(PDF) を発見。セクシュアルハラスメントについての二つの対立する仮説を挙げたうえで、一定の検証をしている。
 二つの仮説の一つ目は、セクハラは性的興味によって動機付けられており、従ってより理想の女性像に近い女性が対象として選ばれるというものであり、もう一つはセクハラはジェンダー秩序を保つことに動機付けられており、よって社会的に期待される女性像を逸脱する女性が対象とされるというもの。結論から言うと、Berdahl の研究は後者の仮説を支持する内容となっている。
 研究は三つの調査からなりたっており、まず第一の調査では「女らしい」女性よりも「女らしくない/男っぽい」性格の女性がよりセクハラの被害を受けやすいことが示され、第二の調査ではその結果が「女らしくない」女性が「女らしい」女性に比べてよりセクハラに過敏だからであるという可能性が否定されている。
 第三の調査では、女性が多数の職場に比べて男性が多数の職場においてよりセクハラの被害が頻繁であることが報告され、中でも「男性が多数の職場で働く、性格が女らしくない女性」が最も多く被害を受けているとされる。男性が多数の職場とは、すなわち伝統的に男性の役割とされていた職種だから、これらの結果は共通して「職種や性格において、男性の領域に踏み入れた女性の方が、より伝統的な女性の役割にとどまる女性よりも、セクハラの被害を受けやすい」ということを指し示す。
 The Freakonomics Blog には面白いコメントがついていて、セクハラには対価型 (quid pro quo) と環境型 (hostile environment) があるが、両者を分けて調査する必要があるのではないかとのこと。対価型とは昇進や昇給などをエサに(あるいは従わないとクビにするなど脅して)性的関係を迫ることが典型的であり、環境型とは性的関係を迫らないまでも性的な発言などによって職場にいることを辛くすることを指す。コメントは「女らしい女性」は対価型セクハラを、「女らしくない女性」は環境型セクハラを受けやすいのではないか、そして後者の方がよりセクハラの被害を受けるというデータは、単に対価型セクハラより環境型セクハラの方が一般的であることの反映ではないかと言う。この研究においてセクハラの指標に Berdahl は14項目の質問票を使っているが、対価型と環境型を区別して集計している様子はないので今後の研究に期待したい。
 あと、カナダで行なわれた研究にしては、調査対象にアジア人がやたらと多い(第一・第二の研究では過半数)のが気になる。北米においてアジア人女性が「より受動的で従順な女らしい女」として扱われがちなことを考えると、調査対象にこれだけのアジア人が含まれていることは結果に大きな影響を与えるような気がする。何が「女らしい」とされるかにも文化的な違いがあるはずだけれど、この研究で使われている BSRI(こちら参照)がどれほどアジア系カナダ人コミュニティに通用するかも未知数だし。


 それから、これはまぁ直接論旨とは関係ないんだけど気付いてしまったので言っておくと、「女らしくない女性がターゲットにされる」ことの極端な例としてブランドン(いわゆる「ブランドン・ティーナ」ーー本人は「ブランドン」と名乗ったことはあっても、「ブランドン・ティーナ」と名乗ったことはないのだけれど)の件を挙げるのはどうかと。しかも、そこで参照されている Donna Minkowitz による Village Voice の記事って、ブランドンのことを「ホットなレズビアン」と描写してトランスジェンダーの人たちから猛烈な非難を浴びた記事じゃんかー。