発達障害者や未成年への不妊手術と法制度

 先のエントリ「まだシンポジウム報告前半までしか公開してないけど…」についた jrf さんのコメントにお返事。長くなったのでエントリ立てます。

jrfさん:
 「敵対的審理」がなかったことが今回の大きな問題の一つであるという理解をまずしました。これまでと違う大きな判断がなされるときは、必ずそのような手続きがどこかで必要だと思います。私は倫理委員会の改善を望みますが、倫理の専門知識を持つ弁護士がうまく介在できるような社会もあるのでしょう。

どうもです。
 米国が「弁護士がうまく介在できるような社会」であるかはかなり疑問なわけですが、この国では人権を守るための仕組みがもうそれしかないんです。
 疑問であるというのは、わたしは以前からインターセックス医療の問題に取り組む中で、ほとんどの州において未成年の患者の不妊手術には裁判所の許可を必要とする法律があるのに、どうしてインターセックスの子どもに対する子宮や性腺の切除に関してそういった審理が全く行なわれていないのか、不思議に思っていたのね。それらの法律では、仮に本人の健康のために必要だったとしても(緊急事態でもない限り)必ず裁判所の許可が必要とされているはず(そうしておかないと、実際には不妊目的でも別の名目を付けて裁判所の許可を得ずに手術ができてしまうーー摘出・破棄された臓器に病気があったかどうかなんて証拠は残らない)なんだけどね。
 で、今回いろいろな人の話を聞いて分かったのは、やっぱりこうした法律は、医者にすらーーというか、倫理委員会のメンバーにすらーーほとんど知られていないし守られてもいないということ。だからこそ、アシュリーの親が雇った弁護士がでてきて、「アシュリーの症例では不妊が目的ではなく生理の予防が目的だから、裁判所の許可はいらない」みたいにプレゼンテーションしたら、それを信じ込んじゃったわけだ。(てゆーか、なんなのその論理?)
 ちなみに、今回の Washington Protection & Advocacy System と Seattle Children's Hospital の合意によって、今後発達障害児に対して子宮摘出手術が行なわれる場合はきちんと裁判所の審理を受けるというだけではなく、WPAS にも通知することが決まった。つまり、似たようなケースが次に起きる時には、WPAS の弁護士さんたち(シンポジウムで会った感じでは、かなり頭良さそうーー弁護士だから頭いいのは当たり前と思うかもしれないけど、そもそもアメリカの弁護士はバカ多いし、っていうかそういう意味じゃなくて)がおそらく法定代理人になるんじゃないかな。かれらは障害者運動や生命倫理について専門知識が十分あるので、適任だと思う。


 ところで、おそらく日本で全然知られていないと思うけど(日本語で検索しても1件も見つからなかったし、そもそも米国でもほとんど知られていない)、これらの議論と関連してかなり重要な裁判が現在進行中。多分政治に巻き込まれることをおそれてあんまり宣伝しないようにしていると思うので特定可能な情報は省くけれど、内容は以下の通り。
 原告は軽度の知的障害のある女性で、70年代にわけが分からないうちに不妊手術を受けさせられた。原告はそのことを全く理解せずにいたが、90年代になって健康診断中を受けている最中に偶然その事実を知る。手術には親が同意のサインをしており、当時の法的基準ではごく普通の医療行為だった。さらに、当時の医療行為がどうであったにせよ、常識的に考えて時効が成立していると思われた。
 しかし原告は不妊手術を行なった医師と病院を民事裁判で提訴。当然、被告は親の同意を取り付けたことと時効を根拠として、医療行為の是非を問わないまま訴えを退けるよう要求したけれど、上告審においてこれら二つの難点を乗り越えて裁判を継続する資格が原告に認定された。はっきり言って誰もが「ダメでもともと」と見なしていた裁判から、何か画期的な判決がでてきそうに思えてきた。
 もし原告の女性が勝訴して賠償金を勝ち取るようなことがあれば、次には全国で一斉に何万人もの障害者たちが「自分たちにも賠償を」と立ち上がること間違いなし。そうなれば幼い頃性器形成手術を受けたインターセックスの当事者たちも同様に裁判を起こすことができるようになって、面白いことになるんじゃないかなぁと思ったり。
 もっとも、当時の倫理基準にきちんと従って仕事をしていた医者にとっては、現在の医療倫理の基準で賠償金を払わされるというのは納得いかないはず。多分、集団訴訟になった時点で個別に賠償金を払えという話じゃなくて、医師の団体が障害者のための基金を設立するとか、そういう和解条件になるんじゃないかな。