相手を騙してセックスに合意させるのはレイプか?

 マサチューセッツ州最高裁で興味深い判例。 Boston Globe の「Court rules sex through use of fraud is not rape」(05/11/2007) によると、暗い部屋で弟になりすましてかれのガールフレンドとセックスした男性が、レイプの罪に問われた裁判で無罪となった。直接的には、マサチューセッツの州法によってレイプが暴力や脅迫によって性行為を強要するものとして定義されていて、相手を騙して合意を取り付けることは含まれていないことがその理由だけど、自分のパートナーだと思ってセックスしたのに別人だったと知った女性が、レイプと同等の被害を受けたと感じるのも理解できる。
 一般的にはレイプとは、合意を得ずして相手に性行為を強要することを指す。セックスではなく商取引においてであれば、意図的に相手を騙して合意を引き出すことは詐欺とされていて、本当の意味での合意は成立していないとみなされる。仮に同じ基準を適用するならば、相手を騙してセックスへの合意を引き出す(本当のことを知っていれば決して合意しない相手に、虚偽の情報を示すことで合意を取り付ける)ことだって本当の合意とは言えないはずで、したがってそれはレイプと見なすべきではないかという考え方はありえる。というより、実際に被害者はそう訴えたし、警察や検察もそのように判断したからこそ刑事裁判になったのだと思う。
 でも仮に法律が改正されて、「相手を騙してセックスに合意させるのはレイプ」とされた場合、かなり大規模に大変なことになってしまわないだろうか。交際のはじめには(いや、交際なんてする気がない、ただのカジュアルセックスの相手希望でも)誰でも自分を実際よりも良く見せかけようとするもので、多少の嘘や誇張やミスリーディングはあってもおかしくない。それはほとんどのケースにおいて「お互いさま」であると思われるけど、いざ別れる場面になってそれを持ち出し、お互いが「あのときこれを知っていればあなたとこのような関係にはならなかった、レイプだ」と突きつけることができるようになってしまうと、怖くてとても性的なお付き合いなんてできなくなってしまいそう。
 かといって、人を騙してセックスの同意を取り付けることを無条件に認められるかというと、もちろんそれも容認しがたい。今回の件にしても、定義上レイプにはならないかもしれないけれどもやっぱり元容疑者の行為はサイテーだと思うし、被害者の立場を考えれば加害者の法的責任を問えないというのはおかしいような気もする。多くのフェミニストも、今回の判決には怒っている様子。
 ここで問題となっているのは、法的に言うなら「レイプでも合意あるセックスでもない、その中間の行為」だと思う。もっとも、明白なレイプそのものが起きた時ですら司法によって「合意が成立していたとは言い難いが可罰性がない」などとして不当にその「中間領域」に押し込まれるケースが多いため、性暴力の問題に関わるフェミニストはそうした領域の存在には否定的。そんなものを認めたら、何でもかんでも「レイプではない」という判断をされかねないからね。でも、だからといって「嘘によるセックスはレイプ」と法律で決めた方が、よっぽど「厳密には法律上はレイプだけれど可罰性がないので野放しにされている状態」が拡大して、レイプなんて大したことじゃないんだという感覚が広まっちゃわないかな。
 そういうわけで、確かに概念の濫用は懸念されるけれども、「騙しによるセックス」はまさに「レイプでも合意あるセックスでもない」領域の行為として考えるべきではないだろうか。そして法律上の解決としては、「相手を騙してセックスに合意させること」のうち悪質なものについて、刑法犯罪としてではなく民事上の不法行為として賠償責任を問う(悪質かどうかは、判例により基準を作る)という方法が妥当だと思う。