「女性も男性のように昇給や昇進を要求すべきだ」という指摘の罠

 見逃していたけど、数日前の Washington Post に「Salary, Gender and the Social Cost of Haggling」(07/30/2007) という記事が。男女の賃金差の原因の一つとして最近よく聞く「女性より男性の方が積極的に昇給や昇進を要求するから」という仮説について、カーネギーメロン大学の経済学者 Linda C. Babcock らがいくつかの検証をした。記事によれば、女性労働者は男性労働者より平均で23%低い賃金を受け取っており、学歴や経験が同等の男女だけを取り出して比べても女性の賃金は11%も低いという。
 Babcock らはまず、「3ドルから10ドルまでの間の」謝礼を約束したうえで男女の被験者に簡単なゲームをしてもらい、そのあとで「謝礼は3ドルでいい?」と聞いたところ、より多くの謝礼を要求する割合は男性が女性の8倍も多かった。次に、謝礼の額は交渉で決められることを明示して同じ実験をしたところ、男女差は縮まったものの女性の58%に対して男性の83%がより多い額を要求した。
 別の研究では、修士号を取って就職する学生に調査したところ、女性の9割近くが提示された初任給をそのまま受け入れたのに対し、男性の過半数が提示されたより多くの初任給を得ようと交渉していた。初任給を交渉した学生は、しなかった学生より7%以上多くの初任給を獲得した(ただしこれは、交渉したから多くの給料を得たのではなく、もともと多くの給料を受け取るだけの資質があるからこそ堂々と交渉できた可能性もあるのではないかと思う)。初任給の差は、その後のキャリアにおいて拡大する。
 これまでの議論において、こうした男女差は生物学的なアグレッシヴさの違いと生育環境における社会化の違いが組み合わさって起きるものだとされてきた。しかし Babcock らの新しい研究によれば、事実はより複雑だ。
 その研究では、まず被験者に採用担当者の役になってもらい、それぞれ男性もしくは女性の求職者の描写(すべて極めて優秀ということになっている)を読ませた。一部の求職者は提示された初任給をそのまま受け入れ、ほかはより多くの初任給を要求して交渉しようとしたという設定。その後被験者に「この人を採用しますか」と聞いたところ、より高い初任給を要求した女性求職者に対する拒否反応が、全く同じ状況の男性求職者に対するそれに比べて倍ほど確認された。
 次の研究では男女の役者に求職者を演じてもらい初任給を交渉しようとするビデオを作成して採用担当者役の被験者に見せたところ、男性の被験者は初任給を交渉しようとする女性求職者に厳しい判断を下したけれども、女性の被験者は求職者が男女どちらであっても初任給を交渉しようとする人に厳しい傾向があった。
 最後の研究において、今度は被験者に求職者の役をしてもらい、より多くの初任給を要求するかどうかを被験者に任せてみた。すると、採用担当者が男性の場合は多くの女性被験者が提示された初任給をそのまま受け入れたのに対し、採用担当者が女性の場合は男女被験者の行動に違いは無かった。
 このことから考えると、求職者が提示された以上の初任給を交渉によって得ようとするかどうかは単に生物学的あるいは生育上の傾向によって決まることではなく、自分の性別と採用担当者の性別の組み合わせによって相手が自分の行為にどのように反応してくる可能性が高いかを正確に把握している。男女の行動が違うのは、行為が同じであっても行為者の性別によってリスクに違いがあるからであり、それぞれ与えられた状況において合理的な判断をしていることになる。
 となると、「女性の賃金が安いのはアグレッシヴさが足りないからであり、男性と同じようにどんどん昇給や昇進を要求していくべきだ」という言い方は、女性がアグレッシヴに何かを要求することに対するリスクの大きさを無視した無責任な発言だということ。しかし、要求しなければ実力以下の賃金や地位に甘んじるほかなく、要求すれば報復を受けるというのでは、救いがないのが困ったところ。まぁそんな世の中だということはとっくに分かり切っているけどさ。