インセンティヴを適正に設計すれば、人はなんでもできるか

 『その数学が戦略を決める』著者イアン・エアーズらが手がける StickK.comベータテストがはじまった様子。ローレンス・レッシグらがはじめたクリエイティブコモンズが自分の作った著作物を他の人が再利用しやすいようにするサービスだとすると、StickK.com は減量や禁煙・断酒など自分で決めた制約を守れるようなインセンティヴをデザインできるサービス。
 ユーザはまず目標を設定して、その目標を達成できなかった場合のペナルティを決める。例えば「アイスクリームを食べるのは週に1度まで、ペナルティは100ドル」と決めた場合、審判となる人を決めたうえで100ドルを StickK.com に一端預ける。もし本人もしくは審判が「目標を達成できなかった」(アイスクリームを2度以上食べてしまった)と報告したら、そのお金はあらかじめ決められた相手に送られてしまう。つまり、2度目のアイスクリームを食べる前に「このアイスクリームを今食べることに、100ドルもの価値があるだろうか」と自問することになる。
 もちろんこっそり食べて報告しないことだってできるわけだし、目標を達成しても賞金が貰えるわけではないので、わざわざそんな損な約束誰がするかと思うかもしれない。でもダイエットや禁煙・断酒はやろうと思ってもなかなか難しいことで、100ドル賭けることで意志の弱さをカバーできる可能性はあるーーすなわち、望んでいた目標を達成できる見込みが少しは上がるーーと思われる。
 お金の送り先としては、「チャリティ」「アンチ・チャリティ」「友人(もしくは敵)」から選ぶことができる。「チャリティ」を選ぶと、アメリカ癌協会やユニセフなど誰もが認める慈善団体に寄附されるのだけれど、おもしろいのが「アンチ・チャリティ」だ。これを選ぶと、妊娠中絶や同性婚など人々の意見が大きく割れる問題の一方の立場を主張する政治団体、それも本人の意見とは反対の立場の団体にペナルティのお金が送られる。ユニセフに寄附されるならペナルティを取られても世の中の役にたっているのだからいいかなぁと思う人も、自分の政治的主張と正反対の立場を支援するくらいなら、なんとしても目標を達成しようという動機になるというわけ。支払い先に友人ではなく敵を指定できるのも同じ理由。
 わたしがこのサービスをクリエイティブコモンズと比べているのは、どちらも法律の専門家が関わることによって、誰もが自分のやりたいことのために使えるような契約のひな形を提供しているから。クリエイティブコモンズのライセンスを使って公開された著作物を安心して再利用できるのは、それが法的拘束力を持つ(ライセンスの条件を守る限り、のちのち問題にならない)から。StickK.com も、法的な拘束力を持つ契約書に署名することで、「気が変わったからやめた」みたいに逃げ出せないようになっている(医者が健康上の問題があると判断した場合だけ契約書の破棄ができる)。
 エアーズのことだから、これで集まるデータをまたどんどん分析して、人はどれくらいのインセンティヴがあればさまざまな目標を達成できるのか調べるんだろうなぁ。将来の StickK.com では、年齢や収入などの個人情報を入力したら、「これくらいのペナルティを設定すれば、この程度の成功確率が得られます」みたいに計算してくれるようになるとか。
 ていうか、わたし的には妊娠中絶や同性愛者の権利を推進する団体にたくさん寄附が集まって欲しいから、宗教右派の人たちの中でも意志が弱そうな人たちを探して、このサービスを推薦するべきかな。

# 『その数学が〜』お勧めですよん。
# ビジネス書みたいな扱いをしてる人が多いけど、それは最初の方だけだからね。