クメール・ルージュ裁判におけるトランスセクシュアル被害者の告発
山形浩生さんが、カンボジアで現在国連の協力によって行なわれているクメール・ルージュの犯罪に対する裁判に関連して、次のようなコメントを書いている。日本語サイトなのに英語で書かれているのは、おそらく出先からの書き込みで日本語入力ができない環境にいるのだろう。
Right before I left, one of the headlines was about this trans-sexual. S/He was caught, tortured and raped and then was forced to marry a woman. So, s/he is appealing to the court, and his lawyers are self-congratulating themselves because "this is the first case on KR gender crime." Why is that significant? They say that there's a myth that KR didn't sexually assault the prisoners, so this case will put an end to that myth .... what???? Hello? KR didn't rape anybody? Is there anybody anywhere who believed any of that "myth," if indeed there were one?
Of course, he had a hard time. But, in a court that is supposedly dealing with mass murders, tortures, and all sorts of totally unimaginable atrocities, this "gender crime" seems remarkably petty and out of place. Obviously, some irresponsible NGOs wanted to score brownie points, so they planted the whole idea into this poor man/woman, who will probably not get anything but further ridicule and humiliation. "My voice will be heard after 30 years," this person was alledged to have said. Well, I hope that made you happy. Now the whole world knows that KR commited GENDER CRIMES. Wow. Who would've thunk. (2008/9/7, id)
最近の噂 2008/9/3
AP通信の記事と総合すると、1970年代にクメール・ルージュ政権下においてレイプなどの虐待を受けたトランスセクシュアルの女性 (MTFTS) が裁判所にその被害を訴えたという話。訴えによると彼女は、生物学的に男性なのに「女性としてふるまった」ことから政府によって「モラル違反」に問われ、再教育キャンプや刑務所に入れられた。その過程で刑務所の職員やその他の兵士に繰り返しレイプされ、最終的にはほとんど知らなかった女性と結婚することを強制された、と主張している。
現在68歳になっているこの女性は、賠償金を求めているわけではないと話し、被害を訴え出たのは世界に向けてクメール・ルージュの犯罪を告発することが目的だという。彼女は、自分の他にもさまざまな迫害を受けたトランスジェンダーの人たち−−その多くは殺されたか、そうでなくても既に死亡している−−を代表して声を挙げた、と語っている。
これに対し山形さんは、「彼の弁護士は『これがクメール・ルージュのジェンダー犯罪に対する最初の告発だ』と自画自賛しているが、そのどこが画期的なのか?」と問いかける。クメール・ルージュの犯罪は既によく知られており、わざわざ告発せずともかれらが多数のレイプを行なっていたことは明らかではないか、というのだ。さらに山形さんは、彼女の告発を「明らかに、無責任なNGOにそそのかされた」ものだと決めつけたうえで、大量虐殺や拷問など深刻な非人道的行為を扱うこの法廷において、「この『ジェンダー犯罪』とやらは、取るに足らない些細な問題であり、場違いに見える」と言う。
山形さんは、この告発において「彼が得るものは、さらなる嘲笑と屈辱だけだろう」と書いているけれども、その嘲笑と屈辱を行なっているのは山形さん自身だ。女性として生きようとしたために投獄・レイプされ「男性として」結婚することを強要された人のことを「彼」と表現すること自体(報道ではsheと書かれているのに、山形さんはheと表記している)、程度は全然違うもののクメール・ルージュの行為と同じ傾向の敵意の表現だし、被害から30年たってようやく法廷の場で自分が受けた被害を告発したことを「他の犯罪に比べれば些細な出来事だ、告発は不要で無意味だ」と貶め、さらに「30年の時間を経て、ようやくわたしの声が届くようになった」と語る告発者に対して「ああよかったね。これで世界中がクメール・ルージュのジェンダー犯罪を知ることができたわけだ。誰も思いつかなかったよ。」と嘲笑してみせている。
要するに山形さんのコメントは、世の中には自分みたいに性暴力の被害を訴え出る人を貶める連中が大勢いるから、さらに傷つきたくなければ告発なんてするな、黙っていろ、という「沈黙の強要」に加担しているだけ。というより山形さんは、彼女が自分の意志で−−すでに亡くなっている多くのトランスジェンダーの被害者たちのためにも−−告発を決意したことまで何の根拠もなく否定して、NGOの言いなりになって告発させられた、と決めつけている。告発を通して自分と自分の仲間たちの尊厳を勝ち取ろうとしているのに、山形さんのコメントは彼女を二重三重に貶めようとするものだ。
わたしは、山形さんがNGO一般に懐疑的な理由や、クメール・ルージュの犯罪を際限なく追求することに否定的な理由は理解しているつもりだし、その多くの部分には同調さえしている。でも今回のコメントは、無理矢理いつもの「NGO批判、ポリティカルコレクトネス批判」のフォーマットに押し込めようとして、結果的に、性暴力の告発に対する「ありがちな、単なる被害者バッシング」に陥ってしまっているのではないかと思う。