ブクマコメント回答1:トランスセクシュアルの人に対する表記

 ブクマコメントの wiseler さんと shinichiroinaba さんにお応え。

2008年09月10日 wiseler "女性として生きようとしたために投獄・レイプされ「男性として」結婚することを強要された人のことを「彼」と表現すること" え、英語なのにがんばってs/he, this personって書いてあるじゃん。一箇所heなだけじゃない?
2008年09月10日 shinichiroinaba たしかにこの点についてはmacskaさんの言うことこそが尤もに見える。それとも何かもう少し背景があるの?/wiselerさんの指摘はその通りかと。

 まず wiseler さんは「一箇所 he なだけ」と言うけど、これは事実として違う。「もちろん彼は辛い思いをしただろう of course, he had a hard time」という部分のほかに、弁護士が自画自賛している、という部分で「彼の弁護士たち his lawyers」という表記がある。
 でも、仮に he じゃなくて「がんばってs/he」と書けばそれで良かったのだろうか。「s/he」という表記は、不特定あるいは仮定上の第三者を示すために使われるもので、以前は性別が分からなければ he と表記していたけれど、それは性差別的だとみなされるようになって広まったものだ。トランスセクシュアル(≒性同一性障害)の人一般に対する適切な呼称ではない。
 被害を訴え出ている Sou Sotheavy という人は、記事にもあるように女性であり、不特定の人物ではない。報道でも、本人の意志を尊重して彼女に対して女性代名詞を使っている。差別や暴力の被害を訴えるトランスセクシュアルの人を沈黙させ、絶望に追いやるもっとも効果的な方法は、かれらの性自認を否定し、本人の望まない呼称を使うことだ。もしそうした尊厳への攻撃が「些細なもの」に見えるとしたら、それはそう感じる人がどれだけシスジェンダーの特権に守られているかを示している。
 もちろん、世の中はトランスセクシュアルの人の性自認を尊重する人ばかりではないので、彼女が女性であるということにどうしても納得いかない、「彼女」とは書けない、という人もいるかもしれない。それなら、せめて本人の望まない呼称を使用しないのが公的な礼儀であると思う。「this person」と書くなり、代名詞を使わず名前を書くなり、工夫次第でどうにでもなると思う−−Sotheavy さんに聞いたわけではないが、一般的には「s/he」は不適切だ。(そういえば、ひびのまことさんが米国にきた時に、「あなたに対してどの代名詞を使えば良いですか?」と聞かれて「マコト」と応えていた。その手があったか。)
 ちなみに、報道で she という表記になっているのは偶然ではない。ほとんどのメディアにおいて−−いわゆるLGBT系のメディアも含めて−−かつてはトランスセクシュアルの人については法的に認定された性別・名前に準じた表記にするのが一般的だった。もちろん当時、ほとんどの国や地域において法的な性別を変更することが不可能あるいは困難だった(いまもそうだけど)。
 それが変化したのは、1998年に起きた、リタ・ヘスターというトランスセクシュアルの黒人女性に対する憎悪殺人がきっかけだ。憎悪犯罪によって殺されるトランスセクシュアルの被害者は多いのだけれど、当たり前だけれどどのように報道されようと殺された人が報道に文句を付けることはできない。トランスセクシュアルの活動家が抗議しても、「APスタイルブック(ほとんどの報道機関が採用している、さまざまな表記のガイドブック)によれば、法的な性別・名前を採用しなければならない」と門前払いされた。
 でもヘスターの事件では、彼女の母親が先頭に立って「殺された自分の娘を侮辱するな」と訴えたことが大きな要因となってAPスタイルブックは改正され、多くのメディアも慣行を変えた。トランスセクシュアルに何のシンパシーを感じない人でも、陰惨な暴力によって子どもを奪われた親の気持ちは無視しがたかったということだろう。そのAPスタイルブックには、トランスジェンダートランスセクシュアルの人についての表記について、次のように書かれている。

Use the pronoun preferred by the individuals who have acquired the physical characteristics of the opposite sex or present themselves in a way that does not correspond with their sex at birth. If that preference is not expressed, use the pronoun consistent with the way the individuals live publicly.
(いい加減な意訳:身体的に反対の性別の特徴を得た人や、生まれつきの性別に合致しないような自己表現をしている人については、その個人が望む代名詞を採用してください。もしその人の望みが分からないときは、その人が公に生きている性別の代名詞を採用してください。)

 ついでに言うと、トランスセクシュアルを「trans-sexual」とハイフンを入れて表記するのは、ポルノショップのビデオの棚の表記くらいでしか見ない。山形さんは意図していないかもしれないけど、米国的にはそれは「特にセクシュアルという言葉を強調して、性的倒錯者であるというイメージを広めようとしている」と解釈されるし、現実にそういうインパクトがある(もちろん性的倒錯のどこが悪いのかという話は別にあるけどそれは置いておく)。「s/he」という表記も(さらに別の部分で「he」とだけ書くのも)、トランスセクシュアルの人を侮辱する文章の中でよく使われる表記。
 ここで山形さんが小谷真理さんに訴えられた裁判の話と繋がってくる。あの裁判で原告の小谷さんは、「小谷真理という名前は夫のペンネームである」という内容のことを(揶揄として)書かれたことが、歴史的に多数の例がある女性執筆者に対するテクスチュアル・ハラスメントの系譜に繋がるものである、と主張した。山形さんは、分かりにくい揶揄によって名誉を毀損したことは認めるが、それ以上のものではない、と反論している(いた)と理解している。
 今回の件における山形さんの表記も、それ自体が差別的あるいは侮辱的なだけでなく、歴史的に多数の例があるトランスセクシュアルの人に対する差別的言説の系譜に繋がるものであるように見える。そうした判断は妥当だろうか? もしかしたら、単にトランスセクシュアルの人についてどう表記すれば良いのか山形さんが知らないだけという可能性は? かれに差別的な意図があったということは、どう証明できるのか?
 けれどわたしは山形さんを裁判に訴えているのではなく、山形さんの文章に対する批評的な評価を書いているだけなので、かれの意図がどこにあるのかは重要ではない。問題なのは、山形さんが差別的な意図や悪意を持っているかではなく、差別的な意図や悪意がなくても当事者の尊厳を踏みにじるような表現が量産される、あるいは差別的な意図や悪意のない表現にそのような意味を与える、社会そのものだ。問題なのは、日常化され、自然化された、「シスジェンダーの特権」−−すなわち、他者に苦痛と絶望を与えていることを意識すらせずにいられる、圧倒的な社会的特権だ。
 (誤読されそうなので一応注記しておくと、小谷さんと山形さんの裁判について、わたしは「裁判における主張としては」山形さんの言い分が正しいと思う。小谷さんが最も問題としているものは、批評として発表されるべきものであり、裁判で争われるような種類のものではない。けれどもそれは、それが裁判で取り上げるほど深刻なものでないということではなく、むしろ「裁判に訴えることのできない、個々の主体による責任を法的に−−単に現行法によってというだけでなく、法という概念によって−−問うことができないような、日常化された暴力」こそ、より深刻であると考える。法は平穏な日常を前提として、それを乱す行為を取り締まるが、日常そのものが抑圧的であることに対して無力だ。)