米国『67億円ズボン訴訟』の詳細

 朝日新聞記事『「ズボン弁償67億円出せ」訴えた裁判官が全面敗訴』(06/26/2007) より、久々にものすごい米国の民事裁判に。

 預けたズボンをなくしたとして、裁判官の男性がクリーニング店経営の韓国系移民一家に5400万ドル(67億円)の損害賠償を求める裁判が米国であり、ワシントン高等裁判所は25日、原告の全面敗訴とする判決を言い渡した。あまりに強引な訴訟に「法の乱用の世界的シンボル」(AP通信)などと原告への批判が集まっていた。

 これだけでも [これはひどい] タグをつけたくなる話なのだけど、なぜか GrokLaw に掲載されたワシントンDC 高等裁判所の判断を読むとさらに凄まじい内容。


 原告 Roy Pearson は貧困層のための法律相談を引き受ける非営利団体に長年勤務する、主に消費者訴訟を専門とする弁護士だったが、2002年に職を失い離婚した。元妻との離婚訴訟では自分自身の代理人として裁判にのぞんだが、不必要に裁判を長引かせていると判事に思われ、元妻の弁護費用1万2000ドルの支払いも命じられている。
 被告 Soo Chung と Jin Nam Chung は韓国から1992年に米国に移住し、しばらく衣服のクリーニングや寸法直しの仕事をして貯めたお金でクリーニング店を買収し、いくつかの店舗を経営するようになっていた。今回の裁判で問題となったのは、買収した店舗にはじめから掲げられていた「Satisfaction Guaranteed(満足保証)」との表示だ。
 この両者が最初にトラブルに巻き込まれたのは2002年。被告のクリーニング屋は原告の家から歩いてすぐの距離にあり頻繁に利用していたが、この年の7月に原告がクリーニングに出した洗濯物を被告が返却しようとしたところ、ズボンが一着紛失していると原告が言い出した。探しても見つからないので被告はお詫びに80ドルの支払いを提示したが原告が納得せず、結局原告の言い値の150ドルを支払った。
 これに懲りた被告は、今後原告のクリーニングは引き受けないと決め、原告にそう告げた。ところが原告は、顧客の苦情の結果将来の取り引きを停止するのは「満足保証」に反しており違法だと指摘し、また具体的に法律の条項を挙げて同じことを記した手紙を送った。その後原告が被告のクリーニング屋に洗濯物を持ち込んだところ、被告は何も言わずに引き受けた。
 原告が持っていたスーツは5着で、3年間に渡る無職の期間、そのうち4着を体型が近い息子に貸していた。しかしようやく2005年になって裁判官として就職できることになり、スーツを着る必要が出てきたため返却を受ける。しかしこの3年で原告は少し太っており、元のズボンがそのままでは入らないため、被告のクリーニング屋で寸法を直してもらうことにした。
 しかし、しばらく無職だった原告には1着あたり10ドル50セントの寸法直し料金が負担だっため、同時に全部寸法を直してもらうことはできずに、2着ずつ持ち込んだ。また、スーツとセットになっていない別のズボンも1着寸法直しのために持ち込んだ。その際、クレジットカードで支払いをしようとしたところ、限度額を超えてしまい決済ができなかった。
 最後のスーツズボンは5月3日に持ち込まれた。ズボンと引き換えに渡す引き受け票には5月6日にピックアップ可能と書かれていたけれども、原告は6日にはこのズボンを掃いて出勤しなければいけないと言い、被告はそれに応じて「5日の午後4時」に書き換えた。しかし原告が5日に来てみると、ズボンは間違って別の店舗に送ってしまい、6日の朝7時半まで戻らないと言われた。そして6日の朝になっても、ズボンはまだ戻ってきていなかった。
 最終的にズボンが見つかったのは14日になってからだったが、原告が受け取りに来てみるとそのズボンはスーツとセットになったものではなかったため「自分のものではない」と受け取りを拒否した。
 しかし被告はそのズボンこそが原告が置いて行ったズボンだと主張する。そのズボンにはベルトを通す部分に特徴的なデザインがあり、被告は寸法直しを引き受けた時にその特徴をはっきり覚えているという。ズボンに付いていた番号札は、原告が持っていた引き受け票と同じ番号だった。また、そのズボンの元々のサイズは、寸法直しのために持ち込まれた他のズボンと全く同じサイズだった。
 その後、原告はスーツとセットになったズボンが失われたことはスーツ一式を失ったのも同然だとして、スーツ一式の費用1150ドルを6月4日までに支払うよう手紙で要求した。さらに、支払いが行なわれない場合、商法違反・詐欺などの不法行為により最低でも5万ドルの賠償金を求める訴えを起こすと宣言した。被告は支払いを拒絶し、原告は6月7日に裁判所に訴えた。要求した額は、さまざまな賠償金を積み重ねて5400万ドル(67億円)。
 被告の考えでは、「満足保証」という表示は、クリーニングや寸法直しの結果に顧客が不満を持つ場合には満足行くまでやり直しをし、クリーニング屋の責任で衣服を損傷した場合はその衣服の値段を補償するということだ。しかし原告は、「満足保証」とは顧客の要求を無制限に満たすことだと主張した。それはすなわち、仮に問題のズボンが確かにかれの持ち物であったとしても、顧客の側が違うと言えば際限なくどのような賠償金でも支払うことを意味するという。
 原告側の証人として、被告のクリーニング屋に不満を持つ人たちが数名証言した。かれらの苦情は、被告のクリーニング屋にクリーニングを頼んだところ衣服が損傷したというものが大半で、移民であるために言葉が通じなくて嫌な思いをした、みたいなものもあった。かれらは誰一人として衣服の損傷を補償するよう求めてはおらず、被告が「満足補償」の約束を反故にしたという証言は原告以外からは聞かれなかった。原告自身、2002年の件では紛失したズボンの代金として言い値で補償金を受け取っている。また、原告側の証人に「満足補償」という表示の意味を尋ねたところ、全員が原告側ではなく被告側の定義に同意した。


 ま、そういう楽し過ぎな裁判でした。ていうか、こんな人物が裁判官って怖過ぎ。
 被告は2006年に店舗を一軒売却してるんだけど、裁判費用のためだったらかわいそうだなー。