米議会でトランスジェンダーの人に対する雇用差別についての史上初の公聴会
今日、米国連邦下院の教育労働委員会において史上初となる「トランスジェンダーを含む雇用差別禁止法案」についての公聴会が行なわれた。証人として、差別禁止法案に賛成の立場から民主党推薦の5人が、反対もしくは懐疑的な立場から共和党推薦の2人が出席し、証言した。公聴会は同委員会のサイトでウェブキャストされたので見ることができた。
賛成側の証人で興味深かったのは、退役軍人の Diane Schroer とスペースシャトル計画のエンジニアだった Sabrina Marcus Taraboletti だった。Schroer は男性として陸軍を退役し、その経験を買われて議会図書館への再就職を決めたのだが、採用を通知されたあとに人事担当者に自分がトランスジェンダーであることを明かし、女性として勤務したいと伝えたが、翌日「信頼性に問題が生じた」として採用を取り消された。一方 Taraboletti は20年間に渡ってスペースシャトル計画のエンジニアとしてケネディ宇宙センターで勤務していたが、生活上の性別を男性から女性に移行することを職場に知らせたところ、6週間後にクビになった。政府機関や政府のプログラムで勤務している人ですらこのように簡単に職を奪われ、それに対して何もなす術がないのが現状だ。
共和党の側からは、JC Miller と Glen Lavy という二人の弁護士が登場した。Miller は中小企業経営者の利害を代表する立場から、雇用差別禁止法案は中小企業に過剰な負担を押しつけるものだと主張した。具体的には、トランスジェンダーの従業員にどちらのトイレや更衣室を使わせるかといった問題において、大企業ならトランスジェンダー当事者もそれ以外の従業員も満足させるだけの設備を整えることができるかもしれないが、小規模な雇用者にとっては負担が過剰であるとした。また、保護される集団や行為の範囲が不明瞭であり、中小企業に過剰な訴訟リスクを押しつけると主張した。
これらの問題については、National Center for Lesbian Rights 所属の弁護士 Shannon Price Minter らが、トイレや更衣室の問題についてはガイドラインが存在し、多数の企業で既に実践されていること、また、既にトランスジェンダーへの差別が禁止されている多数の自治体のどこを見てもおかしな訴訟などは起きていないことを説明した。
Glen Lavy は、宗教者の権利を主張する団体 Alliance Defense Fund の弁護士で、トランスジェンダーの労働者への差別を禁止することは、宗教的な理由でトランスジェンダーに反対する経営者の「信仰の自由」を侵害すると主張した。この団体はほかにも、宗教的な理由から避妊に反対する薬剤師が避妊薬の販売を拒否する権利や、宗教的な理由から進化論を信じない教師が生物学の授業で進化論を教えない権利などを求める活動をしている。
これに対し、民主党の Andrews 議員は「人種差別的な信仰を持つ雇用者が、黒人を差別するのは認められるか」「平和主義者の雇用者が、退役軍人を差別するのは認められるか」などさまざまな質問をしたが、Lavy はさすがに「黒人差別」だけは認めるべきではない、なぜならそのような信仰は保護に値しないからである、と答えた。しかし、もし政府が「この信仰は保護に値し、この信仰は値しない」と判断するようなことがあれば、それこそ信仰の自由に対する侵害ではないか、と議員が指摘したところ、Lavy は答えにつまっていた。Andrews 議員エライ。
選挙以前に同性愛者であることを公表して当選したはじめての議員、Tammy Baldwin は、議会におけるトランスジェンダーの人たちの最大の味方だが、彼女は自分がレズビアンであることを公表して選挙に立候補する事を決意できたのは、彼女が出身とするウィスコンシン州がほかの州より早く同性愛者に対する差別を禁止していたことが重要だったと振り返る。そうした法律があったおかげで、同性愛者であることを隠したり引け目に感じなくて良いと思えたのだ、と彼女は言う。
その他 Linda Sanchez 議員、Donald Payne 議員らが発言した。ほんの2時間くらいの公聴会だったけれども、民主党の政治家たちがかなり本気でトランスジェンダーの権利を考えていたことが分かった。これまでわたしは議会におけるトランスジェンダー関連法案の扱いについていろいろケチつけてきたけど、トランス団体のロビイストたちが辛抱深く議員たちとの対話を続けてきた成果だと思った。
過去につけたケチ↓
http://macska.org/article/120
http://d.hatena.ne.jp/macska/20070510/p1
追記
National Center for Transgender Equality が YouTube にチャンネルを設置して公聴会の映像を公開している。
http://jp.youtube.com/user/NCTEquality